笑顔でいるために〜介護の話

自分だけは介護なんてものとは無縁だろうと思っていました
自分の親だけはいつまでも元気で、長生きするんだろうと思っていました

ところが。。。

ただいま、介護まっただ中

大変でしんどくて逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したいと思う事も度々
でも、いつかさよならするその時まで、とにかく後悔はしたくない

そんなしっちゃかめっちゃかな日々を綴っています

私と父達は180戸ほどのマンションに住んでいます

父の住んでいる棟は、私の住んでいる棟の裏側になり
うちの部屋から父の所が見えるんです

これもちょうど昨日の散髪事件と同じ頃
一年前の今頃の話です


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今は父のデイサービスの用意は私が全部やらないとだめですが

まだこの頃は元気だった母が
父のデイサービスの用意をしてくれるので

電話で父に「今日はデイサービスだよ」と言うだけで
送りに行くことがなかったので、楽でしたね 

その日の朝も、そろそろデイサービスのお迎えが来る頃かな
と部屋の窓から見ていたら

ちょうど、3階の踊り場に父の姿が見え
「あ、出て来た」なんて言ってたら

父は、下をのぞき込みデイサービスの車を発見

スタッフの方は父に、「おはようございま~す」と下から声をかけて
車椅子を押しながらエレベーターホールへ

と、何を思ったか父は階段を降り始めΣ(°Д°;

えええ~~~~!!
要介護2、杖なしではほとんど無理

ちょ・ちょっと待って~
階段に手すりはあるけど...(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

バルコニーから叫べば、父に聞こえるけど
びっくりして階段踏み外してもダメだし

ハラハラしていたら

父が、ちょうど一階分くらい降りた頃
スタッフさんが、エレベーターで3階到着

父の姿が見えないので「○○さ~んって」って呼ばれて 

二階付近から父の返事がしたのでしょう
「待っててね~」とスタッフさん慌てて追いかけてくれて

何ともなかったから良いようなものの(*`Д')

しっかりスタッフさんに怒られてました(`⌒´メ))

うちは4階、父の所は3階

渡り廊下がほしいわ(・ε´・*)ぶー


まだ、この頃はデイサービスに前向きだったのに
今は「行かない 」なんてことも。。。

玄関前に出てスタッフさんの来るのを待っていたのは
つい、この間なんだけどな 

 



これは前回の散髪事件の一年後、今から一年前くらいの話です
足腰の状態も認知も、ほんの少し進んでたかな〜くらいでしたね

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父は駅前にイオンが出来てから
散髪はイオン内のヘアカット専門店「QBハウス」へ行ってました

ここは1000円で安いのですが、洗髪はないので
要介護2になって、家でお風呂に入ることが出来ない父は
なんとなくちくちくするのが嫌で

先月は、駅向こうのカットハウスに行ってみました

そこは、大人カット1000円
+ シェービング 300円
+ シャンプー 300円
なのでフルコースやってもらって1600円

骨折する前の元気だった頃に 行ったことがあるそうで
父は気に入ってはいるのですが

駅までは、マンション前からバスに乗っても駅からカットハウスまで
私なら2~3分ですが、杖をついた父と歩くと15分くらいかかります

一年前の夏のその日、父は散髪に行きたかったようで

私が午前中買い物に出ている間に
わが家に何回も留守電が入っていたので

かけ直して、今日は仕事もあって午後からは行けないから
また他の日に、タクシーで行こう

と、言ったつもりだったのですが。。。

仕事始まる少し前4時過ぎに、母から電話で
「お父さんがまだ帰ってこない」って

どこ行ったのかと聞くと
2時半ころに散髪に行ったって(◎皿◎)ナンデスト!!

えええ~~~!!一人で行ったの?

母はのんきに
大丈夫よ、バスで行くって言ってたから。。。

いやいや、駅まではバスで行っても、駅からすごい歩くんだよ
ましてや2時半って、めっちゃ暑いやん

バスだって乗り降り一人でスンごい大変になって来てるし 

駅からカットハウスまで
距離的にも、父が一人で歩いて行ける距離じゃないので
この暑さの中、途中で倒れてるんじゃ

保険証とか身分わかるやつは、みんな私が預かってるし(*´д`)=з

とにかくカットハウスに
こんなおじいさん来てませんかって電話したら
杖をついたおじいさんは、その時間には来てないとのこと

もしかしたらイオンに変更したかもと
たまたま家にいた夫がバイクでイオンへ様子を見に走ってくれ

もし、もう終って帰り中だとして、歩いて帰るとしたら遊歩道を通るので
生徒さん来るまでまだ時間あるし、私もチャリで探しに出ようとしたら

母から電話が

帰って来はったわって・・・・ほ~っと("▽"*) 

すぐ夫に連絡したら
帰り際に父の所によって来てくれて、元気だったよって

すぐ父から電話で
おれが出かけると大騒動になるな・・・と
ちょっとしょぼんとした声で(苦笑) 

仕事を終えてから、明日のデイサービスの用意をしながら
こ~ってりと(笑)

やっぱり駅でバス降りたものの
カットハウスまでは遠いのでイオンに変更したらしい

イオンなら散髪終ったら
フードコートで何か食べれるしとも思ったって(°Д°)ハァ?

熱中症で倒れて病院運ばれてないか心配したんだよとか
一緒に行くから勝手に行かないでと、こんこんと話ししてきたけど

きっと、すぐ忘れたと思います。゜(p´ロ`q)゜。

あの時は慌てたけど、今は一人で家から出る事もほとんどなくなって
あの頃の元気な父がちょっと懐かしいです

 



これも、二年ほど前の父の想い出話です
今はベットに寝てばかりで、ほとんど外に出なくなった父です

あの頃は、もう認知症と言われていましたが
新聞も良く読み散歩もして、マンションの住民の方とよくしゃべったりして
多分誰も気づかないくらいに、まだそう進んでもいなかったのですが
 
やはり歩くのが困難で信号が青のうちに渡りきれないので
一人ではマンション外は出歩かないでと言ってるにも関わらず
杖をつきながらちょこちょこ出かけているようでした

その困ったちゃんエピソードです(;´Д`)


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夕方5時半頃
買い物行くついでに、母宅へ寄ったら 

「お父さん3時過ぎに床屋に行くって出かけて
まだ帰って来はらねんよ」と母

2時間だし、もうそろそろ帰って来ても良いとは思うけど
それより なんで 一人で行くかな・・・


父は2008年秋に自宅でころんで、腰椎粉砕で5カ月入院

せめて杖をついて生活出来るようにと、リハビリしてもらったけど
退院時には、何かにつたっても5メートルと歩けず

「これ以上良くはなりません。お家の中でも車椅子です」
と非情なお言葉をいただいて家に帰ってきました

ところが、怪我する前は遠くまで散歩するような
足腰しっかりした父でしたので

どうしても歩くんだという思いで、今では杖をついて
私なら10分かかる所を30分以上かけてですが
一人で散髪に行けるようにまで歩けるようになりました

でも要介護2で、一人で歩くのには危険です
病院は(保険証は私が預かっているので)必ず一緒に行くのですが

散髪だけは「行く時は一緒に行くから言ってよ」と
口をすっぱくして言ってるにも関わらず、黙って一人で行ってしまいます

後で文句を言うと「大丈夫やで」と平気な顔
大丈夫じゃないんだけど・・・

「みまもり携帯」持たせても、お家でお留守番
意味ないじゃん

迷惑かけてはいけないと思っているのでしょうが
何かあったらそれこそ大変
今度転んだらホントに寝たきりなんだよ。。。  おとうさん

雨も降ってきたので、母から傘をあずかって
やきもきしながら、散髪屋めざして自転車で走りだしたら

向こうから父が杖をついて 
「おまえ  どうしたんや」 ・・・あらら。゚(゚´Д`゚)゜

これは、2010年、腰椎粉砕の退院後一年半くらいで
認知症と診断される半年ほど前の話です 


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毎年人間ドックにずっと一人で行っていた京都の病院へ
この時は私が付き添って、父と向かっていました

JR京都駅の2階から1階へ、エスカレーターを降りるのに
危ないからと私が先に

振り返ると、父がまだ来てない Σ(°д°lll)ガーン

「タイミングわからん」と父は立ち往生

こんな事は初めてだったので 

冷静に考えれば下まで降りて、上りのエスカレーターに乗ればよかったのを
何を思ったか私は、一気に下りエスカレーターを逆走して上がり始めたんです

しかし、おばちゃんが必死に走っても、上がりきることは出来ず
あきらめて「横にエレベーターあったし、それで降りてきて」と叫んで
一階エレベーターの所で待っていました

ところが
待てど暮らせど・・・・こない

え~~~
まさか間違って一階じゃなくて上にいっちゃった?

などといろんな可能性を考えて
あちこち探したけど・・・いない。・゚・(ノД`)

携帯持って来るよう確認しなかったし、持ってきてないわな・・・

まさか病院へ行ってないよなと電話しても、「まだ来られてません」と返事

京都駅なんかで迷子になって、もう焦りまくり('д` ;)

父は杖をついてちんたら
私は4倍速、いやいや5倍速で動いてるんやし、見逃すはずがない

なのに、なぜ見つからな~い。゜゜(´□`。)°゜。


迷子のお知らせ頼まなあかんかしら
なんて頼むんやろ

「80歳くらいのおじいさんが迷子になっておられます
何色の服に何色のズボン・・・」とか???

駅でそんなん言ってくれるんやろか
やっぱ警察かな・・・

などなど考えながらウロウロ・・ (´・ε・`)ムー

と!病院から電話
私の携帯が着歴に残ってたんだね

「いまお父さん来られましたよ」

あ~よかった
一年ぶりだったけど忘れてなかったんや

あわてて病院へ
めでたく父とごたいめ~~~ん(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!

「どうしょうかと思ったわ」と私

父が一言
まぁ 行き先はわかっとるんだから、ここに くりゃ ええやろ
お前が解るかな(病院の場所)と思うて


心配してもらってありがと
私も病院の場所覚えてたよ  (>_<)尸マイッタ! 


あれから父は、下りのエスカレーターには、乗れなくなってしまいました
下がすこ~~んと見えると足がすくむようです

子どもを連れて出かけてるのと同じ気持ちでいないとだめだと

大人と一緒に行動してると思ってはいけないと、痛感した出来ごとでした



今年85歳になる父は
5年前に腰椎粉砕で5カ月入院したあと、認知症の症状が見られましたが

加齢によるものと言われていたので、何も処置をしなかったのですが
だんだん物忘れがひどくなって、本人も気にしだしたので

二年前の4月に初めて「物忘れ外来」を訪れ
MRIで「脳血管性認知症」と診断されて、脳の血流を良くする薬を飲んでいます

「脳血管性認知症」は、アルツハイマーとは違って
脳の血流が悪いことで起こる認知症だそうです

もう薬で止められるほど初期ではなく
今の状態を出来るだけ長く維持するという治療で
 
デイサービスを毎日でも利用するなどして
生活の中でフォローしてほしいと言われていました

それなのに!
あの頃は(二年前)まだ週二回しかデイサービスに行ってなくて
そのデイサービスをたま~にさぼっていました

これは、認知症と言われて5ヶ月くらいたった頃のエピソードです


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今はデイサービスに行く用意を私がして、送り出すのも私がしますが

まだ母に手伝ってもらいながら、自分で用意をしていましたので
私はほとんど、ノータッチでした 

デイサービスをさぼって、必ずあとで
「あれ? なんで行かんかったんかな~」と
行かなかった理由を忘れています   あらら

行かなかったことで一週間のリズムが崩れるので
「今日は何曜日?」かがごっちゃになって
母や私は「今日は何曜日や?」攻撃にあいます  

また腰椎粉砕で当時、要介護2の父は一人ではお風呂に入れないので
デイサービスでのみお風呂に入れてもらうので
休むとお風呂も入れません・・・・

あの頃はまだ、身体は自分で拭いては、いるようでしたが


一週間に2回しか行かないのに、2回ともさぼった時があって

そのお休み理由は 
私の出掛ける前の、くっそ忙しい時間に電話がかかってきて

「書類の整理が出来てないから休むわ」

「この間も休んだよ。なんの書類なん?帰ってからでいいやん」

 「おまえはそう言うけどな 気になるんや」

「だから、何の書類なん」

「今日デイサービスに持って行く連絡帳が見当たらんのや」

「そんなもん 忘れたって言えば他のものに書いてくれるがな」

「そう言う訳にはいかんのや
 でも、長い事行ってないから土曜日に変えてもらうわ」

「さよか」

言いだしたら聞かない父と、言い争ってる場合ではなく
私の出かける時間は刻々と迫りで、終了~~

案の定、デイサービスの日ではない時に電話で

「今度、いつ「デイ」行くんやったかいな
長い事行ってないから今日かと思って電話したら明日ですって言われた
こんがらがってしもうてな・・・」

ほら みなされ  (´・ε・`)ムー


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二年経った今は、もうこの時よりも進んで来ているので
自分でデイサービスに電話する事もありませんし

デイから帰って来たのに
行った事も忘れていることもあります

思い出しながら、まだ元気だったんじゃんお父さん

 

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