笑顔でいるために〜介護の話

自分だけは介護なんてものとは無縁だろうと思っていました
自分の親だけはいつまでも元気で、長生きするんだろうと思っていました

ところが。。。

ただいま、介護まっただ中

大変でしんどくて逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したいと思う事も度々
でも、いつかさよならするその時まで、とにかく後悔はしたくない

そんなしっちゃかめっちゃかな日々を綴っています

リハビリ棟に移ってからは
母も時々お見舞いに来るようになって

インフルエンザや風邪の流行っている時期に
膠原病の母が肺炎にでもなったら大変なので
出来るだけ来ないようには言っていましたが

父の好きなゼリーを、重たいのに
病院の側にあるスーパーで買って持って来てくれました

一日に何回も行ったり来たりする私を、気づかってだとは思いますが
もうそんなに行かなくて良いよって母が言うんですけどね

でも高齢で個室にじっとしていたら認知症になるでしょ
そうならないために私は行って、話し相手になるんだよって

父とあんなにいっぱい話したのは、あの時くらいでしょうね(o^冖^o)

認知症の事も心配だったので
入院中にMRIを撮ってもらえないか、看護師長さんに頼んだら

リハビリ棟なので他の治療は出来ないと断られ
ちょっと納得のいかなかった私は
回診に来られた担当医にもう一度お願いしてみたら、いいですよって二つ返事で

その時の結果は
年齢なみの脳の委縮は見られるが、脳梗塞などはないですと

なんか簡単な説明でしたが
認知症の治療は今のところは必要ないということでした

相変わらず濡れたパジャマのズボンと紙オムツを
自分で脱いでベット下に置くとか置かないとか
やいやい言われながらも紙パンツに変わり

車椅子に乗ってトイレにも連れて行ってもらえるようになりました

そして、リハビリ棟に移って40日位経った頃
食事デビューをしました

ここでは三度の食事を談話室で取るのです
歩ける人は自分で杖をついたりして行き
 
歩けない人は看護師さんなりスタッフさんが
お部屋まで迎えに来てくれて、車椅子で連れて行ってくれます

同じ階の患者さんたちが集まって、おしゃべりしながら食事をします
ちょっとデイサービスでの食事の感じで、それもリハビリの一環だそうです

最初の日は夕食だけでしたが
三度の食事もそこで取るようになったら

私は、午前中に病院へ行って、いっぱいしゃべって昼食前に帰り
午後からリハビリ見学も兼ねて病院へ来て、おやつを買って行って
一緒に食べたりして、夕食になったら帰るというスタイルに

仕事の都合で夕飯を待たずに帰る時は
仕事が終って来て、寝るまでいたり

あれ?
父の付き添いやってた時仕事どうしてたんだろう?

ああ、夫と交代で帰った時にやってたわ
でも時間変更や曜日変更でいろいろ迷惑かけたな~

食事デビューやリハビリで歩行器を使って、歩く練習が始まったり
まだ病室とリハビリ室だけですけどね

この時は
退院するときは父は歩けるようになって退院するとばかり
思ってたんです、母も夫も私も。。。。

リハビリ棟の担当の看護師さんは、めっちゃくちゃやさしくて

入院棟にいた時
夜中に着物を濡らして何回も着替えさせてもらった時に
父がオムツを外すんじゃないかと言われて
「つなぎ」を買って来てくださいと言われました

私が付き添ってる限り、オムツを外してる風でもなかったけど
私だってべ~たり張り付いて見てる訳じゃないし
面倒かけて申し訳ないとも思っているので

言われる通り「つなぎ」を買って着せていました

「介護用つなぎ」は自分で服を脱ぎにくいように
ホックやファスナー部分に特殊な工夫が凝らしてある
赤ちゃんのカバーオールの様な物です

リハビリ棟のやさしい看護師さんは
小さそうだから普通のパジャマで良いよと言ってくれ
汚れたら着替えさせますからって、パジャマに着替えさせてくれました

こんな些細な事が、人間として扱ってもらってるみたいな・・
大げさですけど、嬉しかったりするんですよね

夜中に一度オムツを換えに二人組で
看護師さんとスタッフさんが来てくれるんだけど

いつだったか、たまたま目が覚めて黙って見ていたら
父は起きていたようなのに、言葉かけもなく

人によっては小さな声で「身体動かしますよ」とか
「寒いのにごめんね」とか声を掛けながら換えてくれるんだけど

その時はまるで丸太をあっちこっちに転がすみたいに、ごろんごろんって・・・
私にはそう見えただけかもしれませんが、無性に悲しくて(´;ェ;`)


リハビリ棟に移って、5日めくらいの時に
一度付き添いなしでやってみましょう、と一晩泊まらなかった事があったのですが

次の日行くと、初めて顔を合わせた看護師さんが
父が汚れたオムツを外して、ベット下に放りなげたので「つなぎ」を着せます
と言葉きつく、父が困ったチャン的に言われてかっち~~~ん

父に確かめたら、汚れて気持ちが悪かったから
着替えようと思って下に置いただけやと

ま、当然家族ですし父を信じますよ
置き方が少々荒っぽかったのかもしれませんが


その日、今後の付き添いの事などを相談するために
看護師長さんと面談があり

師長さんは、よその病院から来られたばかりで
何か困った事とか、気付いたことないかと聞かれたので

「つなぎ」の件や夜中の丸太のような扱いの件を話して
いろいろ面倒かけるかもしれないけど
高齢者の尊厳を保持してほしいとお願いしました

師長さんは、名前を言ってくださいと言われましたが
私は個人攻撃するつもりはないし、病院全体の問題だと思っているので

また、名前なんて知らんし~
暗いし顔見えへんし~
解りませんと答えておきました

紙オムツを放りなげた困ったちゃんで申し送りがされたようで
引き続き、泊まりをお願いされました。。。はいはい

そんなこんなで入院してから3週間目に、泊まりから解放されました

朝食だけはスタッフさんに食べさせてもらって
昼食と夕食を食べさせて帰るというスタイルになりました

リハビリ室でのリハビリも始まって
フラットだったベットを、まず30度あげて様子を見るのですが
30度あげると血圧が下がるらしく、思うように進まなかったり

それでも、寝たままでお風呂に入れてもらったり
散髪してもらったり

妹も時々変わって面倒見に来たり
母の病院は妹が付き添ったり
かなり身体が楽になって来ました

ま~洗濯物がハンパないので
毎日病院と行ったり来たりは変わりませんが笑

病院の相談室にソーシャルワーカーの方がいらして
介護保険の申請の相談をしましたが

どの状態の退院を望んでいるか母と相談して
報告するようにいわれました

母はせめて杖をついて家の中を動けるようになってから
退院してほしいと言うので、その旨伝えました

ベットも60度まで上がるようになり
寝たままの食事スタイルから、座って食事が出来るようになり
何を食べているのかがやっと見えるようになったようです( ´ ▽ ` )ノ

個室に入ったものの
父はとにかく起き上がってはダメなので
寝たまま身体を横に向けてご飯を食べさせたり水を飲ませたり

狭いベットの上で
横向きたいと言えば手伝って、身体の向きを変えてと

相変わらず柵は付けたままで
側にいる間だけは頭の方半分だけ外したりしてましたよ
うっとおしいだろうと思って(*´ω`)

夜は落ちると危ないので、つけましたけど・・・

それと病院指定の紙オムツを使っていて
付き添いの私たちが変えてやればいいのでしょうが
看護師さんやスタッフさんが、やりますからと時間を見て来て下さるので

私も要領が解らず、あまりいらんことやってもとお任せだと
身体を動かすためか良く失敗して
夜中に着物もびしょぬれで何回もナースセンターに走って
着替えさせてもらったりで

夜中に、こそこそ話したり音を立てたりするので
個室に入って二日目にまた隣から苦情で(*´д`)=з

今度は一番端っこの個室に引っ越しで・・・あらら

二週間後にリハビリ棟(階が違うだけですけど)に移る時に
何部屋か見せてもらって、看護師さんがどこでもいいと言うので
他の病室から離れていて、ナースセンターに一番近い病室にしました

約3週間の24時間付き添いを
まだ息子たちが家から職場や大学に通っていましたから
夫が24時まで付き添い
その間に私は家事と仕事、そして夕飯の準備をして

救急病院なので24時まで裏口が開いていてるので
ぎりぎりに私と夫と交代して私が泊まり

朝6時過ぎくらいに夫が来て、私は帰って息子たちを送り出し

買い物や家事を済ませて、途中夫と交代し付き添って
夕方また交代して帰って、仕事と夕飯の支度をして身体を休めて
24時に病院へ行って泊まるという生活をしていました

息子たちの帰りが早ければ、お帰りって言ってやれますが
終電で帰って来ることの多かった息子たちとは、会わないまま病院へと言うのも多く
翌朝送り出すという、朝しか会わないみたいな(笑)

途中母の病院付き添いもあったりして
たまに夫に泊まってもらう事はありましたが
基本は私が泊まると言うスタイルで3週間

この間リアル友が夕方、おかずを玄関先に置いてくれていたり
リポビタンDを届けてくれたり
くったくたで帰って来て、もう涙が出ましたよ

息子たちも朝早くから夜遅くまでいないし
母も今よりはまだ歩けていたので
自分の事は心配しないでいいからと言ってくれて
ちゃんとやっていたので父の付き添いに専念できました

この間動けないので筋力が落ちると歩けなくなるのでと
リハビリの先生が、ベットの上で寝たまま足を動かしたりしに来て下さるのですが
父は痛いからやらないとか言って、随分先生を困らせていました



リハビリ棟に移って、そこで4カ月半。。。

ここでも、ほんとにいろいろありました
5カ月もいると見える見える
見えなくて良い所までもヽ(`Д´)ノ


腰椎骨折(後で腰椎粉砕と聞かせれる)で入院が決まり
父を病室に連れて行き、話をしていたら

父が「今何時や 会社行かなあかん」って(°Д°)?

会社なんてとっくに定年だよ~
ちょっとどき!っとしましたが混乱してるんだろうなと

お昼ごはんまで付き添って、夫と私は一旦家に帰りました

病室の一番出入口に近いベットでしたが
夕方行くとベットが壁にペッたりとつけられて

どうも、安静に寝てないといけないのにベットから勝手に降りたらしくて
サイドレール(いわゆる柵です)が取り付けられていて
自分では降りられないようにようになっていました

高齢で入院したので、とにかく認知症にならないためにと
一杯話しかけて、夜帰り際に病院側へ

家はとても近く 自転車なら5分とかからないので、何かあったら連絡ください
すぐに来ますと伝えて帰って来ました

次の朝、夫が病院に行くと父の姿がなかったと

夜中にベットから落ちたらしく、ナースセンター隣の部屋に
連れて行かれてたそうな

サイドレールがついているので
ホントに頭一つ分しかない場所から、頭から落ちて
同室の方が知らせてくれたそうな

そして父が暴れるからと手を拘束されていたと
そのことを夫から後から聞いた時は、胸が締め付けられるようでした

後から病院へ行った時に
看護師さんからも「睡眠導入剤で幻覚を見たのか
暴れるので拘束させてもらいました」って説明を受けましたが

手に負えないんだったら、なんで知らせてくれなかったん?
私たちすぐに来るって言ったじゃん

でも、まだ様子も解らず病院を頼るしかないので
何も言えないままでした

後で父に聞いたら
誰かが来たのでついて行こうとしたと。。。

薬のせいで幻覚でも見たかな~

余談ですが、そういえば 母が心臓の手術をして
ICUから一般病棟に移った時に
人が一杯のぞき込んでたとか言ってました
 
大きな手術の後には良くあることみたいですけど

そんななので家族さんに泊まってほしいと要請があり
身軽な夫が二晩泊まってくれました

4人部屋のベットとベットの間の狭い所に
簡易ベットで大きな夫は寝れなかったのではと心配したら

いびきをかいていて、起こしても起きなかったと
父が。。。。あらら 笑

隣の方は外泊されてた様で
入院して4日目に初めてお目にかかったのですが

相変わらず、父と話をしていたら
相部屋なので、こそこそ小さい声でしゃべってたんですが

「ちょっと、ず~っとしゃべってうるさいんやけど!」って怒られて

話しくらいするわいな!と頭にきた私は
付き添うのなら個室が良いと看護士さんに頼んだら
明日には個室空くけどって言われ

今日出たいんですけど、どこでも良いからって無理を言って
一日だけスタッフルーム隣の
ちょっと手のかかる患者さんたちの病室に入れていただきました

後で仲良くなった介護スタッフさんに、この事を話したら
みんな家族さんたちがなかなか来てくれない中で
私や夫がずっと寄りそってるのが、うらやましかったんでしょうって


それから3週間

夫と私と交代で、24時間付き添いが始まりました



    

2008年の10月今から5年前の朝
母から電話が

お父さんがおかしい
裸で,敷き布団の下に入り込んで、動けない
一人で下着も着れない・・・って

すごくしっかりして認知症の認の字も思い付かなかった
父79歳の時です

夫がすっ飛んで行ってくれて面倒を見てくれて
どうも夜中に部屋で転んだらしい

らしいというのは、父もはっきり覚えていなくて
床の間の掛け軸が引きちぎられて落ちていたらしく

よろけて掛け軸をつかんだままひっくり返ったのでは?
あくまでも推測ですが。。。。

夫がその頃父が通っていた整形に連れて行ってくれ
安静にしておくように言われ、痛み止めのロキソニンをもらってきました

あとから聞くところによるとレントゲンは撮らなかったとΣ(°Д°;
確かに診察時間ぎりぎりに行ったこちらも悪いけど
撮ってよレントゲン(`Д´)

4日ほど経って、父は腰が痛くて立ち上がれなくなって
トイレも這って行く状態で、もう一度整形に
今度は夫と私とで両方から抱えてタクシーで

この時、私は総合病院へ行ったら?と言ったんだけど
父はずっと通っている整形がいいとかで 、ちょっともめたりして

結局診療時間ぎりぎりに行ったため 
レントゲンは相変わらず撮らなかったけど、鍼みたいなのをやってくれて
 
骨折してるから安静にしとくようにと座薬をもらう
明日の朝までにましにならなければ、総合病院へ行くように言われ

次の日ちっともましにならないので総合病院へ

 ここでレントゲンを撮って「圧迫骨折」なので、コルセットをして
骨がつくまで、立てるようなら寝たきりにならないように動くようにと言われ

様子を見て入院を考えましょうと
コルセットの採寸をして帰って来ました

ところがどんどん動けなくなるし、トイレも這って行くので間に合わず
紙おむつをして、汚れるたびに電話で呼び出され
(母もこの頃、すでに膝を悪くしていたので屈めない)

これは入院した方が良いだろうと、私が入院の相談へ
丁度ベットが空いていたので入院することに

その為にもう一度レントゲンを撮って、先生が
きつい折れ方をしているので入院で治療しましょう

起きて動くと、どんどん骨の変形が進んで圧迫が強くなるので
落ち着くまで寝た状態で安静に、大体3週間

それからコルセットで起きる練習

神経が狭くなっているので足の力が入りにくいのは
残ってしまうのもあり得る。。。とか(°Д°)ハァ?

安静3週間、そのあとリハビリなので
1カ月~2カ月の入院になるとのこと

前に見てもらった先生は週に一日だけ来る先生で
この日見てもらったのは常勤の先生で

前のときはそんな大層な感じでもなかったし
夫も私もこの段階でちょっと不信感・・・・

取り合えず大部屋に入院

転んでから一週間目でした

この一週間の間に
適切な判断のもとに治療されていたのかな~

最初からこんなきつい折れ方してたんだろうかとか
一週間もの間病院行ったり来たり動いたのが
ひどくさせたんじゃないんだろうかと

これは後になってから、夫と後悔したことですが・・・

これから結局退院までに5カ月もかかった
父の入院生活が始まったのです

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