笑顔でいるために〜介護の話

自分だけは介護なんてものとは無縁だろうと思っていました
自分の親だけはいつまでも元気で、長生きするんだろうと思っていました

ところが。。。

ただいま、介護まっただ中

大変でしんどくて逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したいと思う事も度々
でも、いつかさよならするその時まで、とにかく後悔はしたくない

そんなしっちゃかめっちゃかな日々を綴っています

去年2012年の4月に長男がつくばへ行ってしまい
その前の年には 次男が結婚して

母はここへ一緒に越して来て、ず〜っとそばにいた息子達が 
2人ともいなくなることに、とても寂しがっていました

と、言っても2人とも成人してからそんなに行き来してた訳ではないんですけどね

たまに用事を頼まれて母んちに行ったり、みんなで外食に行ったり 

でもそばにいるのと、遠くに行っちゃうのと違いますよね

長男はカナダの婚約者もいるので
もしかしたら、いずれカナダに行ってしまうかもしれない

長男の婚約者のTちゃんを、母はとても気に入って
日本で暮らしたらいいのに。。と口癖の様に言います 

母は私が仕事をするために長男の面倒を見てくれていましたし
次男が一才半の時に入院した事があって
その時も長男を預かって見てもらったりしたので

孫の中でも、私の長男のことを一番気にかけていたと思います

長男がいなくなると言う事に、仕方ないとわかってはいても
どこかに受け入れられない部分があったのでしょうね

 
 母は自分が淋しいのに、私に

いいの?長男なのに遠くへやって。。。とか

近くで仕事探す様にいえば。。。とか

長男に親の面倒はどうするのかって説教するわ。。。とか

淋しいけどあの子の人生なんだよ
私たちがいつまでも背負えないんだよ
自分で考えて選んだんだから、絶対に長男には言わないでよ

と、きつく言い聞かせました
だだっ子のような母にちょっと腹も立っていました

でも、いま振り返れば母の物忘れが気になりだしたのは
この頃だったかもしれません

もうちょっと寄り添ってやれば良かったのかな。。。。



 

デイサービスとは送迎バスでデイサービスセンターに通い
食事や入浴・リクレーション・リハビリなどのサービスを
日帰りで受けるサービスです

時間も、午前中の所や夕方までなどセンターによって様々ですし
食事も母の所はセンターで作ってられますが、父の所はお弁当のようで

入浴も一人ずつの所もあれば何人かで入ったりと
いろんな所があるようです

父の時は退院と同時にデイサービスに行き出しましたので
あちこち見学に行く事はなく、ケアマネさんの助言で決めた気がします

幸い気に入ってくれてもう5年ほどお世話になっています

母も出来たばかりのデイサービスに見学に行ったのですが
その時はもう行かないと言ってたのですが

お風呂に一人で入れなくなって、お風呂好きな母は
それだけで行き始めたようなもので

でも行き出したらとても楽しく、気に入って
ほとんど休む事がありません

どちらもみなさんよいスタッフさんたちで不満なんてないのですが。。。


この日帰りの「デイサービス」の他に「ショートステイ」というのがあります
ショートステイは、施設に短期間だけ入所して生活の援助サービスを受けます

母の入院の時に父にこのサービスも利用しましたし
サマフェスの時は父母2人して、ショートステイに行ってもらいました

ショートステイは、定期的に利用する方が多く
毎週とか毎月とかで利用されておられるようです

何ヶ月か前から予約出来るので
急に必要になっても予約でいっぱいと言う事があって
私もあちこちケアマネさんにあたってもらって、大変な思いをしました

それよりもショートステイに行くのを嫌がった父を連れて行くのに
ほんとすごい心労で。。。

これが行き慣れたデイサービスで泊まることが出来たら
何の心配もなく、すんなり行けたのだと思います

父や母の所はデイサービスと訪問介護しかありません

そう思った時にショートステイも利用出来るデイサービスに
行かせておけば良かったなと、後悔するんですよね

デイサービスを決める時に、情報として欲しかったなと

ケアマネさんも言ってくれたのかも知れませんが

先々の事を考えて、ショートを利用する様になったら
抵抗なく利用出来ると思うよって、言ってくれたのかな~

なのでこれからデイサービスの利用を考えておられる方は
先々の事も考えて、いろんな所を見て決められると良いかと思います

私の経験からですが







 

父は、4年前腰椎粉砕で歩行困難になって
要介護認定の申請を行った時からずっと要介護2でした 


****************

要介護認定を申請すると、介護認定審査会の審査結果に基づいて

日常生活に見守りや支援を必要とする「要支援1~2」

日常生活において介護を必要とする「要介護1~5」
分けて判定されます

要介護認定には有効期間があり、新規の場合は6カ月、
更新の場合は市町村によって1~2年となります。

有効期間内であっても、心身の状況が大きく変わったときなどには、
いつでも要介護度の区分変更申請が行えます。

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父は、去年の暮れあたりから薬の飲み忘れが目立ってきたり
(これは、父の薬の世話をしていた母にも原因があるのですが)

食事にも支障が出てきたり、部屋の中で良く転ぶ様になったり 

物忘れ外来の先生には毎回
「デイを増やして出来れば毎日でも行った方が良いです」
って言われるのですが・・・

要介護度によって
1カ月に利用できる介護保険のサービスの上限額は決められていて

それを超えてサービスを利用すると
上限を超えた分は1割負担ではなく、全額自己負担となってしまうんですよね

「要介護2」では週3回のデイ利用しか出来なくて
ケアマネさんと相談して、ちょうど今年の一月頃に区分変更申請をすることにしたんです

主治医に意見書の作成を依頼し

市役所の高齢介護課の職員さんが認定調査に来られ
私ももちろん同席していますが、いろいろ父に質問されます
 
いろいろな質問に、普段出来てないことも
こういう時って本人は出来てる様に答えるんですよね笑

丁度私と父と並んで
向かいに市役所の方が座られたので

父は「出来ますよ」って言ってる横で
私が「ううん、ちゃうちゃう」と首を横にふったりして(ノε`*)ンププ

帰られる時に外で認知症の事についてなど
本人に聞けないことなどを話しさせてもらいました

要介護度の認定は
この調査書や、主治医の意見書などが判定基準となって
介護認定審査委員会によって、申請から約1カ月ぐらいで行われるそうです

そして、一ヶ月後くらいに申請が認められて、父は「要介護3」になりました

なので、今まで週3回だったデイを4回に増やしたり
母の病院行きなど、必要に応じてデイを増やしたり出来る様になりました

その他にもお布団の丸洗いサービスとか 
紙パンツの給付券がもらえたり受けられるサービスが増えました

病気が進むという点では喜ぶ事ではないのですが

やはり受けられるサービスが増えると
介護者としては随分助かる部分もあり、ちょっと複雑ですけどね


2012年3月頃 

母の病院付き添いがどっと増え、私も一杯一杯になって来たのと

母も出来るだけ出来る事をしようと

この頃は、整形のリハビリや歯科など
先生の説明を一緒に聞くことがあまり必要でない所は
一人でタクシーを利用して行っていましたが

タクシーの乗り降りも結構大変なので
気になるしで

介護保険の申請をすることにしました


変形性膝関節症で膝の痛みで治療を続けていた母は
整形の先生からも申請したらと、ずっと言われていたのですが

まだ一人で大丈夫なのでいいですと言っていた ようで。。。

でも、関節リューマチも発症して、ますます歩きづらくなって
やっぱり 申請するわと言うので

父のケアマネージャーさんに 手続きをしていただきました 

市役所の高齢介護課の方が、聞き取り調査に来られ
それと、主治医の意見書などとで判断して介護度が決まります

サービスはいろいろありますが
私たちが一番受けたかったのが、介護タクシーの利用で

運転手の方は、介護福祉士や
ホームヘルパー2級の資格を持っておられ

玄関まで迎えに来てくださり、病院の受付まで送って
帰りは受付から自宅の玄関まで、送ってくださいます

利用料はタクシー往復よりちょっと安いくらいです


金額もそうですが、
家から家を安心して送迎していただけるのは、とても安心で

私も、これで すこしは楽になり
母も私にすまないな~と気兼ねせず
サービスを利用できるので、ほっとしました("▽"*) 


介護保険の申請をしてからちょうど一ヵ月経った頃、介護認定が下りました

「要介護」で下りると良いねって言ってたのですが
結果は「要支援2」でした

 
「要支援」で使えるサービスは

* 住宅改修費(たとえば手すりなどを付ける)は
  一生涯に20万円までで 1割負担

* お風呂の椅子など介護用品を購入する時は
  1年に10万円までで 1割負担
  これは1年ごとに使った金額がチャラになって
  毎年10万円まで1割負担で使える

* デイサービスを利用するとかベットを借りるとか
  お掃除に来てもらうとか(訪問介護)の
  サービスを受ける時は、1ヵ月限度額10400円の1割負担
  越えた場合は実費


新規の認定期間は半年なので
また半年後に更新の手続きをしなければなりません

その後は1年ごとに更新です

その当時、父が「要介護2」でしたので、すでにトイレの中やろうかなどには
住宅改修のサービスを使って手すりがつけてあります

母はその手すりを使ったり
テーブルを伝ったりして家の中を移動しています

その後玄関にも、これは母の介護保険を使ってですが
手すりをつけました
 
年寄り二人暮らしなので、怪我のないように願うばかりです


東大阪に
できものの神様で有名な石切り神社があります

1月の終わりころ
私はいつも一年の無事を祈祷していただきに、この石切り神社へ行きます

1月の終わりころと言うのは
この頃にならないと すごい人だからです

年々お参りに訪れる方が増えています

21~2年ほど前
ドリマトーン(電子オルガン)の先生が、子宮筋腫と診断され
かなり大きいので手術だと言われたそうで

先生は忙しい方なので、なんとか手術は避けたいと
違う病院を受診したそうです

その検査の日
生徒仲間の一人である、私の友達のKさんが

できものの神様で有名とのことで
ちょうど先生が検査を受けている時間帯に
(時間帯が一緒だと言うのは、あとで分かった事だそうです)
石切りさんで祈祷をしていただいたそうです

先生は検査結果
「手術は必要ありません 様子をみましょう」と言われたそうで

両極端の病院の診断でしたが
迷わず後者を選び、手術はされませんでした

あれから20何年特に何事もなく
先生はお元気です

その1~2年後に
母が昨日の記事にも書きましたが「わき下腫瘍摘出手術」をしました

取りだした腫瘍は悪性で
抗がん剤治療をしますと 病院で説明を受け
父も私たち姉妹もショックでした

ただ白血球だか何だかが少ないので、増えるまで治療が出来ず
念の為 腫瘍もどこだかに検査に出されて結果を待っている状態でした

その時、藁にもすがりたい私は、先生の一件を思い出し
当時まだ小学生だった子どもたちや妹と
石切りさんへ祈祷してもらいに行って、お百度参りをしたり

何度も何度も石切りさんに通いました

そのうちふと

母の名前は戸籍は「カタカナ」なんですが、通称で漢字を使っていて
ずっと祈祷してもらう時に、漢字で名前を書いていたことに気が付いて

戸籍通りその日はカタカナで書いて祈祷してもらいました

そしたら 病院から連絡が
 
検査結果が帰ってきて
悪性だと言われていた腫瘍は良性だったので
抗がん剤治療は必要なくなったとのこと

母はそれから今もずっと
毎月石切りさんに月参りに行きます

膝が悪いのでとっても歩きづらいのに
石切りさんへの道は苦痛ではないのだそうです

私は困った時の石切りさん頼みで
受験とか厄払いとか、何かあるときだけで・・・ごめんなさい

でも一年みんなが仲良く健康でありますようにと
毎年、祈祷してもらいに行きます

ちょっと、ふしぎ~なお話でした 



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