笑顔でいるために〜介護の話

自分だけは介護なんてものとは無縁だろうと思っていました
自分の親だけはいつまでも元気で、長生きするんだろうと思っていました

ところが。。。

ただいま、介護まっただ中

大変でしんどくて逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したいと思う事も度々
でも、いつかさよならするその時まで、とにかく後悔はしたくない

そんなしっちゃかめっちゃかな日々を綴っています

父を初めて物忘れ外来に連れて行って、もう早い段階から
先生から、夫婦2人での生活は難しい

お二人で安心して介護を受けられる所に入っていただくのも
考えて行かれたらいいと 思いますよ

他人さんに任せる事が、決して ダメだとは思いません
むしろみんなが幸せになることだってあるんですよ

みたいなことを言っていただきました

まだこのころは母は認知症ではなかったですが
いっぱい病気を抱えて、歩くのも一苦労で

私も母の病院付き添いや、父の付き添いなど
身体的や精神的にもちょっとしんどいなと感じていた頃ですが

ま~いずれ。。。くらいな気持ちで聞いていて 
そんな選択肢もあるのだなくらいでしたが

今年になって母も認知症になって、父の排便の失敗も出て来て

「お父さんどこか入れてくれるとこないの?」と何度も母が言う様になり

私は、父の耳に入らない様に間に入ってしんどかったり

父の認知が進んで来て、母が何か言うと怒鳴る様になって
母が父の世話をほとんどしなくなって

あまりにもしんどくて私も物忘れ外来で受診して
精神安定剤をもらって飲む様になり

2人がデイに行ってる間をぬって、施設の見学に行って
何百人も待っている所に、申し込んで来たり

でもそれはまだまだ先にしか廻って来ないので
ためらいもなしに申し込んで来たのですが

いろいろケアマネさんも情報収集してくれて
父や母は、特に母は特養(特別養護老人ホーム)より

日常生活に近い、家事なんかもみんなでやるグループホームの方が良いのでは
とのケアマネさんからの助言で、夫と見学に行き

2人でここならという事で、先日登録をすませてきました

いつ順番がまわってくるかわかりませんが
ここは順番が来たら、入居しなければなりません

たぶん、父も母も家にいるよりそこに入った方がいいと思います

父は、私が行くたび
テレビを見ていないときは、じ~っと天井を見ていたり。。が多くなり

排便の失敗をしたときは「こんなこと始めてや」ってしゅんとなっていたり
(初めてではないんですけどね)

ホームに入れば失敗する前に、ちゃんと対処してくれるので
悲しい思いもしなくてすむでしょう

わかっているんです、ホームに入るのがいいってこと

父や母は84年生きて来て、私はまだ先があるんです

もし、全力で介護して2人を見送って私が倒れたら
今度は息子達に私と同じ思いをさせる事になる

だから自分の健康を大事に考えないと。。。。って言う事もわかっているんです

でも、あんなに頑固にデイ行きたくないって言ってた父が
母の具合が悪いここ何日か、すごい穏やかに話すしデイもすんなり行くし

そうすると、また心が揺らぐんですよね

このまま在宅介護、もう少し続けられるんじゃないかとか

そう思った矢先に、昨夜の様に排便失敗して着替えさせようとして怒鳴られたり
汚れたトイレを汗だくで掃除している横から、母が「もれそう」とか言うと

「誰か手伝って~」って叫びたいし

あ~やっぱり限界かなと


でも、またまた順番まわって来た時に、父や母にどう言ったらいいんだろうとか

考えても、夫と話し合ってもなかなか結論は出ません

もう、胃が痛くなりそうです(笑い)

まあ、そうは言っても登録したので順番が来たら悩んでる場合では
ないのですけどね。。。





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なんとなく予感はしてましたが。。。

朝、母から電話がかかってきて下痢をしていると

あんたには悪いけど昨日飲んだ物のせいかも(メイバランスの事)って

これは後からイオンの薬局へ行って、飲んでる薬との飲み合わせとかあるかと
確かめて来て、大丈夫と聞いて来ました

手も痛いし 今日はデイを休むという

下痢はひどいのかと聞くと、そうでもないというので 

「それならデイに行った方が気が紛れるし、行った方がいいんじゃない?
看護士さんもいるし
それか、かかりつけの総合病院で診てもらう?」って言ったら

「病院は行かなくていい、寝てるから」と

「私は今日大阪行く日だから 、誰もいないよ
お母さん休むなら、私も大阪休まなきゃ」って言ったら

「大阪行って来て」と言う

「いやいや、病気のお母さんほって行けないでしょ
デイに行ってると安心して行けるけど」と私

「私の事はほっといてくれていいから
何かあって、死んでもいいから」って

ずるいよね。私に選択肢はないじゃん

思わず「わかった。休むから」と私も切り口上になっちゃって

この私の大阪行きに、父や母がデイを休む事になったときは
妹が来る事になっていて、いつも予定を入れてくれています

ところが、いま妹は回転性めまいとやらで来れない

手が痛いと行ってるだけなら、私も出かけるのですが
下痢だとか言ってるし、ちゃんと食べてなさそうだし。。

で、サマフェス後初のレッスンはお休みになってしまいました

とりあえず父をデイに送り出してから
ベットに寝ている母に「朝の薬のもう」って声をかけたら

「私の事はほっといて」って

むか!!っとしたけど、押さえて 押さえて

「ここで飲む?」って、お水と薬を持って行ってやったら
ベットに起き上がって飲んだので

足下に扇風機回して「昨日のメイバランスの事、薬局で聞いてくるね
お父さんの夕飯の買物とかしてくるわ」と言って自分ちに帰って来たら

もう、気持ちがしんどくて しんどくて

この大阪行きは、ピアノ教室をしている私にとって
自分の技術の向上と情報収集の場なので、レッスンがもちろん一番の目的ですが

レッスン仲間が、みな同じ様に介護まっただ中なので
愚痴を言い合ったり、経験話を聞いたり勉強になる事もたくさん

それと、日常と違う場に身を置く事で介護から解放される
貴重な場所なんですよね

いくらリアル友とランチをしても、おいしいお菓子を食べても
映画を観に行っても

いつ呼び出しがあるかもしれない
ちゃんと食べたかしら
転んでないかな

って、肩に「介護〜」って大きな荷物をしょっての息抜きなんです

それはほんの息抜きにしかならないんですよね
いや。息抜き出来るのもありがたいことなんですけどね

そういうちょっとした息抜きをしながら、頑張ってるんですけどね

たまにね、介護を忘れる空間に身を置きたくなるんですよ

大阪も一時間半ほどで帰って来れるので、完璧な場所ではないのですが
まだ「仕方がない」って思える距離なんですよ

ここでなんだかんだ心配しても仕方ないって

まして2人とも、デイという安心出来る場所に行ってるので
一ヶ月に二日ですけど、ほんとに気分転換出来る大事な大事な場所なんです

ほんとはショートステイを定期的に利用して
一ヶ月に何日とか介護者が介護から解放される日を作れたら
一番いいと思いますが

うちは、父が行きたがらないので
またこれを行かそうとしたらすごいエネルギーがいるんです

今日の大阪行きを楽しみに頑張ってたので
(昨日は待てずに、ちょっと切れちゃいましたけど。。。笑い)

なんかパンパンに膨らんだ風船に針を刺したみたいに
な〜んにもする気がなくて、夫に思いを吐き出しながら

でもそんなこと言ってられないので
また一番暑い時間にチャリでイオンへ行って

母が食べれそうな果物とかカステラとか、いろいろ買って
母んちへ届けに行ったら、ベットに座って野菜ジュースを飲んでいて

「手が痛くて、イライラして あんたにあたってごめんね」って

な・な・何を急に???って思っていたら

夫が母に電話をかけたそうで


「りょうちゃんとあまり喧嘩せんといてね
りょうちゃんも悲しがってたよ」とかいろいろ話して

「大事な嫁さんなんで」って言ってたって

最後のはどういう意味かよくわからないけど(笑い)

ま、夫のおかげで母もちょっとわかってくれた様で




 

痛いと、言い出したのは日曜日くらいだったような気がしますが

昨日の朝、母が肩から手が痛くて眠れなかったと言いながら
デイに行ったけれど

途中ですごくしんどくなって、デイのベットで横になっていたらしく

今朝 電話で様子を聞いたら、やっぱり痛くて寝れなかったという

今日を逃せば来週の月曜日まで、病院に行く日がないので
整形に行こうと言うことになって

しかし、今日は父もデイがないので一日家にいるし
妹は来れないし。。。。

もし父が排便で失敗したら、夫に後片付けを頼むのも。。。と 
母の病院付き添いを夫に頼んで、私は父担当で(笑い)

少しでも母が待たなくていい様に、夫が先にバイクで診察券を出しに行ってくれ
一旦帰って来て、母とタクシーで行ったのですが

夫が診察券を出しに行ってくれてる間に、用意を手伝おうと
母んちへ行ったら、母はまだベットの中で(゚∇゚ ;)エッ!?

「なんか、めんどくさいわ」って(この時点でちょっといらっ)

夫は今 診察券出しに行ってるよ
はやく何か口に入れて薬のもうよって言いながら

今日は、母は洗濯も洗い物もほったらかしだったので
とりあえず洗濯機を回しながら、母の用意を手伝って

そうこうしてる間に夫が来たので、タクシーを呼んで行ってもらいました

母達を待ってる間に、私は母んちと自分ちを行ったり来たりしながら
家事をして、ときおり高校野球を見ている父と話をしながら、待っていました

結局レントゲンを撮ったら、首の軟骨がすり減ってへしゃげて
それらが当たって痛いとの事で、注射を二本うって来たそうで

最近デイのお昼以外は、あまり食欲がないので食べていないので
体力もなくなっているのか、とても疲れたとまたベットのお守りになっちゃって

夫は母と帰って来てすぐ、お昼を買いに走ってくれ
お昼を届けた時も、母はすぐに出て来ず

父はぱくぱく気持ちよく食べてましたが(笑い)

夕方仕事前にチャリでイオンへ走り
薬局で食事が取れない高齢者にいいものはないかと相談して

「明治 メイバランス」と言うのを買って来ました

8種類の味があるらしいのですが、今日はお試しなので
コーヒー・抹茶・バナナの3本を買ってみました

バナナを飲んで「美味しい」と言っていたので
しばらくこれを試してみるかな。。。


おっと、話もとい

これも仕事があるのでとりあえず届けて
頼まれたカットスイカもテーブルに置いて一旦帰って

仕事が終わって7時頃行ってみたら、な~んにも食べてなくて
スイカもそのまま置いてあるし、母はベットから出て来もしないし

父にもご飯食べないのかと聞いたら「後でいいとか言うし」

暑いのに母んちの買物さえなければ、私はイオン行かなくていいのに

って、思ったらなんか腹が立って来て

「ごはんちゃんと食べてよ。せっかく買って来たのに」って言ってしまって

母が、もそもそ出て来て
「足は痛いし。手も痛いし。。。」とか言い出したので

「私だって歯も痛いし足も痛いよ。病院行きたくても行くときないし」って
言ってしまって

あ~言ってしまったって

病気だから仕方がないのに。。。

以前は母達にこういう事を言う事は、ほとんどなかったのに('A`|||)

介護を終えた友達が
介護が長引くと、いくら自分の親でも嫌いになる

と言っていたのを思い出し、あ~こういう事かと
いやだな。。。。と

眠れないとしんどいから「マイスリー」を飲んで寝たらと
昨夜言ってたのに忘れたらしく

今日は枕の上に置いて帰って来ました

以前の様に毎晩飲む事は、もう長い事なくなってるし
何日も寝れないのはしんどいから、飲んで寝て下さいと言われているのに

寝れないからマイスリー、と言うのがすっかり頭に中になくて
寝れない寝れない しんどいしんどいって

先ほど電話して「マイスリー飲んで寝てね」って言ったら

「私いつだったか、あれ飲んで気分悪くなった事あったでしょ」って

だからそれはマイスリーのせいじゃないって

マイスリー飲んで寝て、半日以上経ってから
そんな症状は起きる事はないって、先生は言ってたでしょ

同じ事何回言ったかな~

今夜は、ちゃんと寝たかな。。。。





 

「物忘れ外来」でMRIの結果、脳血管性認知症と言われ
もう薬で治る段階ではないと、今の状態を維持出来るようにと
お薬を飲み始めました

マイスリーとデパスの薬を飲んでる事が 問題だと言われ

二年くらい続けていたので、思い切って減らしてみました

ところが、今度は急に減らした事で不安定になったのか
母に、何度も何度も寝れないから薬をくれと言っていき

大げんかになるわで、母も疲れていました

かかりつけの先生に
サプリメントのカルシウムが形状が似てるので
それを飲ませたいと相談して、やってみようということになりました

元気だった頃の父は、薬にはとても敏感で
本を買って、薬の効用だとかを調べていましたが

この頃はその本も開く事はほとんどなかったので
新しい睡眠導入剤よと偽って、カルシウムを渡していました

これなら、飲んでないからくれと言って来ても
一日の飲む量さえ越えなければ、母も気持ちよく渡せますしね

寝れないと言ってくる度に一錠ずつ(一粒ずつ)渡して
だいたい一晩に1〜2回渡していたようですが

それで安心するのか、寝ていたようだと。。。

一年くらいそんな感じで、そのうちにだんだんもらいに来なくなり

マイスリーもデパスもやめて、カルシウムだけになっても
信じ込んで飲んで、ちゃんと寝て

いまでは渡さないと薬は飲まないので
いつの間にかカルシウムも飲まなくなって

眠れるの?って聞いたら「寝れんかったら起きときゃいいやろ」って

あの薬騒動はなんだったのかと思うくらいですが

2012年5月頃に母が間質性肺炎で入院した時に
週2回だったデイサービスを、もう一日増やしてほしいと父に頼んで

「ええよ」と気持ちよく増やして、週三回 積極的にデイにも行って

でも、その後1〜2ヶ月くらいしてからだったと思いますが
デイが何で増えたのか、いつから増えたのかをしきりに
何度も何度も聞いていましたね

この母の入院の時に、父の様子がとても不安定だったと
お父様はとてもお母様の事を心配しておられましたよと

後からデイサービスのスタッフさんからお聞きしたのですが
日頃の父の母に対する姿からはちょっと想像出来ませんけど。。。笑い

退院して来た母も、それまでとは同じように父の世話もすぐには出来ず

毎朝ごはんとお味噌汁があった朝食も、だんだん母が作らなくなり

これが正確にいつからかは把握してませんが
いろんな意味でフォローしてくれた母自身が体調悪くなって

規則正しかった父と母の生活も変わって行き

もしかしたら、父の認知症が進み出したのは
このころからだったのではないかと。

今思えばですけどね

母の変わりように必死に対応している間に
少しずつ父も変わって行ってたのかなと。。。

そして、去年の暮れから準備をし始めて一月に父の
二月には母の要介護度の区分変更をして

父は「要介護2」から「要介護3」へ

母は「要支援2」から「要介護1」に

父は要介護3になったので、デイサービスも週4回行っていますが

ここのところ父の認知症が、はっきりとわかる様に進んで来ています。。。




笑顔でいるために〜心にゆとりを 照明物語。。。その後♪



 

それからは家の周りを少しずつ散歩したり

散歩ついでにマンションのお掃除をして下さっている方や
住民の方達とおしゃべりをしたり

新聞も隅々まで読むし、ニュースも見るので話題も豊富だし
デイサービのスタッフさん達やケアマネさんにも人気があって

歩くのもそこそこ杖があれば、時間はかかるけど
まあ不自由ないくらいにまでは歩ける様になって

認知症かも?と心配するような事はなかった様に思います
まあ年相応の物忘れね。。。程度に思っていたのではないかと


ただひとつ気になる事といえば

いつからかは覚えていないけど、薬の管理がちゃんと出来なくなって

お薬なんとかみたいな収納ケースで、いろいろ試してみたけど
ちゃんと入ってる通りに飲めば、間違うはずがないのに足りなくなったり

どうすればわかりやすく、間違わずに飲めるのかと
試行錯誤していましたね


2011年4月頃、泌尿器科で一日分の尿を病院のでっかい容器に取って
次の日に持って行くという、検査があったのですが

父は、何を思ったのか溜めている途中で、せっかく溜めたおしっこを
トイレに流してしまって。。。。

取り直し〜って事がありました


この前後くらいだったように思いますが、気になる事が増えて来て

保険証がなくなったと役所へ再発行しに行ったり
通帳やキャッシュカードがなくなったと、銀行へ行ったり

あ、もちろん一緒に行きましたが。。。

で、通帳も保険証も大事なものは私が管理する様になりました


薬の管理は特に大変で

分包してもらうというのは、その時は思いつかず

朝・昼・夜・寝る前と、小袋に何種類もの薬を
いちいちシートから切り離して分けて作って、管理を母に頼みました

食事の度に渡してもらうことにしたのです

腰椎粉砕後の通院時に、かなり薬は減らしてもらったのですが

その中で父がこだわっていた薬に
「マイスリー」という睡眠導入剤。。。これは寝る前に母に渡してもらっていました

「デパス」という安定剤。。。これは最初は毎食後に飲んでいましたが
この当時は頓服のように眠れない時に、飲んでいたと思います

これを飲んでいるのに、もらってないと言い出し

母にもらいに行ったらくれないと、母と大げんかになったり
(母はその日の分は渡しているのでホントになかったんですけどね)

眠れないということに、とてもこだわって

「ばあさんがデパスをくれない。明日保険証もらいに行くから」と
毎晩の様に電話して来て

私も軽く受け流せばいいものを
「いや行ってもくれないよ」と真剣に相手して

「もういい!これから薬は俺がもらいに行く。お前は行かんでいい」と
喧嘩になったり。。。でも次の日にはけろっと忘れているんです

夕食後に薬を飲んでいるのに
私の仕事中にうちまで来て「薬くれんかな」と

もう、この頃のわたしは、ほんと薬の事で気が変になりそうでした

そのうち次の日には言った事忘れているんだからと

父が電話して来たら「うんわかった。明日持って行くね」と言えば
安心して電話を切るんですよね

それを毎日繰り返して。。。

で、さすがの私もおかしいなと

「物忘れ外来」に連れて行く事にした訳です






笑顔でいるために〜心にゆとりを 長男からのお土産 やっといただきました♪


 

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