父は「被爆者の会京都支部」の理事をしていて

人間ドックも、京都駅近くの病院へ毎年通ったり

京都駅で被爆の写真展などの案内係とか


京都へ行く用事が結構あったんですよね

元気な時は一人でとか、お友達と一緒に行ってましたが


腰椎粉砕後、要介護2になってからは

どこへ行くにも私が付き添って行ってました


京都駅までは、家からタクシーと電車で一時間ちょっと

また、京都までの近鉄電車が混んでる


なんとか父だけでも座らせたりしていましたが

ある時、写真展のお手伝いの要請が来ていたらしく

私なら、断ったのに知らない間に行きますの返事をしていて


私の都合もあるのに!って怒った私に


電車の駅まで送ってくれたら

あとは乗ってるだけだから来なくていいと母を通じて


いやいや、一人で歩いて行けるわけがないやん


あまりにも私が怒るので

母が「あんた忙しいんだったら、私がついていこか?」って


杖をついてどちらにも介助がいる二人でどうすんの???


で、少しでも楽にと特急で行くことに

近鉄はどんな近くても特急券がいるのです 


以前父と京都へ行ったときに

父が、迷子になっちゃったことがあったので

父は迷子になったとは思っていず、目的地に先に行ってたけど(笑い)


父の「見守りケータイ」も持って特急に乗ったんですよね


平和に父と会話を始めたら

何やらでっか~い音で音楽が

私の手元から?とバックに手を突っ込んだら

何かの拍子に、父の見守りケータイのボタンを押した状態で

私の携帯の着信の曲が鳴り出したようで


焦るから止まらない

私のを、マナーモードにしてなかったのが悪いんだけど


なんやかんやで、やっと止まり

もう、顔から火が出そうでした


父は、何が起こったのか知ら~ん顔


ま~、父の「見守りケータイ」には

いろいろと困らされた思い出を一杯残されましたわ


どれもこれも

今となってはなつかしい思い出ですけどね




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